球状星団の化学組成は、 Fe, Si, Ca, Ni, Sc, ... などの重元素に関しては、一様であると考えられている。
唯一の例外である、最も質量の大きい Cen を除くと、その他の星団では、観測の精度内(
dex)で成り立っている。
一方、ごく初期の観測から、赤色巨星の CN 吸収帯の強度が、bimodalな分布を示すことが知られていたが、1970年代に、これが、炭素の減少、窒素の増加によることが明らかにされた。
この組成の変動は、赤色巨星分枝のほぼ全体で観測され、また、恒星ごとのばらつくはあるものの、恒星の光度とともに大きくなる傾向があることがわかった。
やがて、酸素の減少も観測された。
個々の元素について、変動の幅は一桁以上にもわたるが、CNO の合計は、星団内では、ほぼ、一定値である。
1980年代には、Naの、ついで、Alの増加が見出された。
この範囲は、1 dex 以上に及び、しかも、酸素の組成との間に逆相関があった。
1990年代になると、Al増加、O減少を示す巨星で、Mgの減少が観測された。
MgとAlの組成には逆相関があり、Mg + Alの組成は星団内では、ほぼ一定となっている。
Shetrone (1996)は、M13 の Mg の減少を示す明るい巨星について、高分解スペクトルで同位体を分離し、
Mg が減少していることを突止めた。
また、Kraft (1997) は、同じ M13 の光度の低い巨星でも、Mgの減少が半分以上減少していることを示し、
Mgの減少を裏付けた
(太陽組成では、
)。
これらの組成の変動に対しては、元来、2通りの説明がありうる。一つは、 evolutionary (deep mixing) 仮説と呼ばれ、観測される組成は、内部での核反応生成物がなんらかの物質混合機構で表面に運ばれた結果とするものである。他方は、 primordial 仮説と呼ばれ、球状星団の星は、化学的のよく混ざっていないガス雲から生まれたするものである。 各々の組成は大きく異なるにも拘わらず、C + N + O 及び Mg + Al の合わせた組成が、同一星団内でほぼ一定値を示すこと、赤色巨星が進化し光度が大きくなるとともに、変動が増加傾向を示すことを考慮すると、 deep mixing 仮説が妥当と考えられる。 そのためには、陽子捕獲反応を受けた元素を恒星表面に運ぶ機構が必要であるが、現行の恒星進化の理論の枠内では説明できない。 現行モデルでは、内部での物資混合機構として、熱対流のみであり、赤色巨星では、表面対流層が発達するものの、水素燃焼殻と対流層の底の間には圧力で5桁以上にわたる輻射層が介在している。 したがって、観測される組成異常は、この輻射層を超えて核反応生成物の混合を可能にする、輸送機構の存在を意味する。
これまで deep mixing の機構として検討されてきたのは、Sweigert & Mengel (1977) によって提唱された meridional circulation だけである。 これは、核反応生成物が、回転によって励起される子午線還流に乗って、表面対流層へ輸送されるというものである。 しかし、子午線還流には、浮力と競合するため、分子量が異なる領域には浸透できないという制約があり、この条件は、
で表わされる。
したがって、子午線還流が浸透できるのは、水素燃焼殻の極上層部に限られる。
しかし、当時問題となっていたのは、CNOのみであり、球状星団の CNO 組成 は小さいため、C 及び O が N に変換される層までの水素の燃焼量はわずかであり、これらの層に達するのは可能であろうとされた。
その後の、Na や Al の組成異常の発見は、このモデルに困難をもたらした。
赤色巨星の水素燃焼の温度は、NeNa や MaAl サイクルの反応を起こすほど高くはならないと考えられていたので、核反応率や初期組成の不定性に訴えて、水素燃焼殻の上層部でこれらの元素を合成する方策が追求された。
Naについては、Denissenkov & Denissenkova (1990) が、Na の反応が、N の燃焼と同じ程度の温度で可能であることを示した。
また、Alについても、Langer (1995)が、
Al,
Al は、水素燃焼殻で起こりうることを指摘した。
これらの場合、観測の増加量を得るためには、
Ne、
Mg、
Mg の初期組成を大きく設定する必要があり、また、CNOと比べると、混合の際の分子量の障壁が大きい。
しかし、Mg の減少の発見は、このような努力に止めをさすことになった。
Al には、温度
K が必要であり、水素燃焼殻の温度 (
K) で反応させるには、現在の反応率より
ほど大きな値必要となる
(Langer 1997; Denissenkov 1998; Cavallo 1998)
したがって、 deep mixing モデルが成り立つためには、
(1)
Al の反応できる高温、
(2) 大きな分子量の障壁を超えての物質混合、
の2つの条件を満たさなければならない。
これに加えて、観測からは、以下の帰結が導かれる (Da Costa 1997)。
(1) 物質混合機構は、赤色巨星に進化した後、初めて機能する
(例外は、47 Tuc で、主系列星での CN 吸収帯の変動が観測されている)。
(2) 大幅な酸素の減少とAlの増加は、金属量の少ない () 星団に限られ、47 Tuc (
)、M71 (
) などの星団では、CN およびNaの小幅な変動しか観測されない。
(3) これらの組成異常は、球状星団に限定され、ハローの field red giants からは、小幅なCNの変動しか観測されない。