以下では、上で提案した deep mixing のモデルに基づいて、球状星団での環境と恒星の相互作用、その力学的およびその他の特性との関連、星団の進化への影響について議論する。
提案したモデルでは、ヘリウム中心核への水素混入をもたらす機構として、微分回転に伴う流体力学的な不安定性によって励起される乱流を想定している。
実際、大幅な Al の増加、O の減少か観測されている M13 や M92 では、水平分枝の恒星が、 で高速回転しているのが発見されている。
この観測された回転速度は、恒星の半径を
とすると、式 (1) で
に対応する。
一方、金属量はM13とほぼ同じであるが、小幅な組成以上しか観測されていない M3 や NGC288 では、このような高速回転は観測されていない。
これらの回転速度は、magnetic wind による晩期主系列星の回転の減速から期待される値よりも大きい。
実際、field の RR Lyrae では、これより小さい値しか観測されない。
組成異常の特徴は、球状星団の巨星からのみ観測され、ハローの field giants には見られないことである。
したがって、その起源をfiled とは異なる星団内の環境と結び付け、blue stragglers, low-mass X-ray binaries, あるいは、Djorgovski (1991) の主張する赤色の外層の剥取などの現象と同様、恒星同士の相互作用に起因すると考えるのは自然であろう。
質量 M、半径 R の恒星が、星団の構成する質量 の恒星を潮汐作用で捕獲する tidal capture の時間尺度は、
で見積もることができる (Hut 1992)。
星団に属する に達する連星系の場合は、さらに、tidal captureの断面積が
(a は連星の長半径) ほど大きくなる。
潮汐相互作用を通して、軌道運動の角運動量を恒星の spin へ移行する過程の断面積は、この tidal capture と同程度あるいは大きいと考えられる。
一方、赤色巨星分枝で、表面対流層が発達する時間尺度は
yrs であることを考えると、赤色巨星段階で、この角運動量の移行は可能であろう。
単に寿命との比をとると、赤色巨星よりも主系列星の方が大きい (
)。
しかし、表面対流層と潮汐との coupling を考慮すると、角運動量の移行は、赤色巨星段階の方が効率的であると考えられる。
恒星の角運動量の起源を、恒星の密度が大きい星団、あるいは、中心部分の高密度領域での恒星同士の近接接近に伴う潮汐相互作用に求められることを示した。
この場合、星団の環境、力学的な性質との相関が期待される。
しかし、単純な描像は成り立たないのも事実である。
実際、力学的な性質が非常に似通った、双子の星団とみなされている、M13M3 あるいは NGC
NGC 288のような星団の間で、組成異常の現われ方が大きく異なっている。
上で述べたように、M13 は大幅な Al 増加と O 減少を示すのに対し、M3 は変動は比較的小さい、また、NGC
NGC 288 については、前者に比べると後者は、CNOの変動幅は
以下である。
これらの球状星団の間では、上記の水平分枝星の回転に加えて、水平分枝の形態も大きく異なることが知られている。
例えば、M13 と M3 を比べると、前者では、水平分枝の恒星は青いものが多いのに対し、後者では、赤い恒星が支配的である。
これは、2nd parameter 問題として知られている現象である。
この水平分枝の形状の違いは、両星団の水平分枝に観測されている恒星の初期質量の違いで説明することは可能である。
すなわち、初期の小さければ、水素外層の質量が小さくなり、したがって、青くなる。
しかしながら、M13 と M3 の違いを説明するためには、 Gyr の年齢差が必要であり、星団のHR図から年齢推定から許される年齢差の範囲が、せいぜい
Gyr 以下であることと矛盾している。
最近、Sweigart(1997) は、この水平分枝の形状の違いを、観測される組成異常に伴うヘリウムの表面組成の増加で説明できると主張している。
赤色巨星段階で、物質混合で外層のヘリウム組成が増加すると、それに伴い、光度が増加し、その結果、質量放出が多くなり、したがって、水平分枝の恒星の、外層が薄くなり、青くなることを示した。
これは、M13/M3 対の場合については、組成異常と水平分枝の形状の関係と適合する。
しかし、NGC 362/NGC 288 ついては、O の組成異常と水平分枝の形状の関係が逆になっている。
また、前者の対に関しても、同様の恒星同士の相互作用の結果と考えられる、blue stragller は、M3 では多いの対し、M13ではずっと少ない。
組成異常と環境の関連ということでは、47 Tuc は特異な例となっている。
この星団は、金属量が比較的大きく ()、観測される組成異常は C N に限られるが (Na についても小幅の変動が見られる)。
しかし、この星団では、他の星団と異なり、主系列星でも CN の変動が観測されていることである。
低質量の主系列星では、CNサイクルは起こらないので、このCNの表面組成の変動の原因としては、赤色巨星等の進化の後期で、CN の組成の変化を経験した外層の物質を降着した結果と考えられる。
この質量の降着の方法としては、連星系での質量交換、あるいは、wind からの取り込みが挙げられる。
前者に関しては、bainary fraction の割合、 後者に関しては、collapsed core の重力ポテンシャルでの wind で放出されたガスの閉じ込め可能性などの点についての検討が必要であろう。
最後に、球状星団の組成異常、特に、ここで提起したモデルと、年齢の決定と関連について議論する。 球状星団の年齢は、われわれの宇宙年齢の下限を与えるので、宇宙論的にも重要な意義をもっている。 この絶対年齢の決定に際しては、水平分枝の恒星の光度が基準として採用される。 色温度を指定して、水平分枝と turn off の点の主系列恒星との光度の比 (等級の差) V を、観測された HR 図から決定し、その結果と、理論計算の進化モデルとの比較から年齢を求めると方法が採用されている。 上記のように、deep mixing は、外層のヘリウム組成の増加等を等して、水平分枝の恒星に影響を与えることは十分考えられる。 しかし、現在の進化の理論計算には、赤色巨星段階での deep mixing の効果は考慮されていないので、その影響についての検討が必要である。
水平分枝の光度 は、外層の質量が大きく、水素殻燃焼が活動的な場合には、
で与えられる。ここで、 はヘリウムの中心核の質量、
は級数係数でるが、外層の底では、電子散乱の寄与が卓越しているので、
(X は水素の組成比) で近似でしる。
したがって、水平分枝の光度は、外層のヘリウム存在量とともに増加することになる。
観測値から求めた V を所与とすると、星団の年齢 t は、この水平分枝の光度と
の関係をもっといる。
ここで、主系列の質量光度関係 を仮定した。
したがって、水平分枝の光度の増加は、球状星団の年齢の推定を引き下げる。
定量的には、水平分枝の光度の推定に 0.3 等の誤差があれば、年齢の推定に
の誤差をもらすことになる。
Sweigart (1997) の計算では、ヘリウムの増加 に伴う水平分枝の光度増加は、
となっている。
この増光は、式 (6) から推定される組成変化による値より大きい。
これは、彼の計算では、ヘリウムの外層への混合が、単純に、ヘリウム中心核の成長率を遅らすと仮定しているので、中心核の質量も大きくなっているためと考えられる。
一般に、恒星進化の理論モデルでは、ヘリウムの表面組成の増加は、水素の燃焼率が大きくなり、そんため、ヘリウム中心核の成長率を大きくなり、高温になるので、ヘリウム燃焼は、中心核の質量がの質量が小さい段階で点火することが知られている。
上記の deep mixing モデルでは、フラッシュ間のヘリウム中心核の成長率を大きく保たれ、水平分枝の中心核は小さくなるであろう。
水平分枝の光度は、ヘリウム組成の増加とヘリウム中心核の質量の現象の競合で決まることになり、この後、研究が必要である。